一部の国内スキー場で、リフト券価格が1万円を突破したニュースが話題になった。
物価高、燃料費の高騰、人件費の上昇、設備更新──値上げせざるを得ない事情を上げればきりがなく、そのどれもが正当で納得できる。しかし庶民の懐事情とのギャップは開いていく。「1万円を払って朝から夕方まで滑ろう」とは、もうなかなか思えなくなっている人も多いのではないだろうか。
かたやインバウンド観光客の目線では、世界水準と比べれば日本はまだリーズナブルだという見方もある。安い!と飛びついて来日してくる外国人と、高い!と二の足を踏んでしまう日本人。こうなってくると、10年後の日本のスノーシーンに希望はあるのだろうか。この記事では答えを急がず、日本と世界で起きていることを並べながら考えてみたい。
日本もついに「リフト券1万円」の世界へ
2026–27シーズン、白馬エリアではエイブル白馬五竜&Hakuba47の大人1日券が窓口価格で10,000円、八方尾根で9,800円、つがいけも同じく9,800円まで値上げした。HAKUBA VALLEYの10スキー場共通1日券は11,100円だが、北海道ではすでにニセコユナイテッドの全山共通券がピーク期間13,500円まで上昇している。
昨年シーズンに全国の主要スキー場64カ所を対象に実施された調査(出典:タビリス)によると、大人1日券の平均価格は7,327円で、前年の6,811円から約8%上がったそうだ。この数年で値上がりのペースは加速しており、10年前とはかなりの差が生まれている。
「1万円」という心理的な壁を超え、この先も価格が戻る気配はない。「インバウンド観光客特需による一時的な高騰」として片付けるには、実態はもう少し構造的だ。スキー場が誕生した頃に設計したビジネスモデルが時代にフィットしなくなり、数十年分のツケが価格改定という形でやってきているという捉え方が正しいかもしれない。
スキー場を運営するには、電力、燃料、人件費、圧雪、除雪、安全管理、保険などをカバーする莫大な資本が必要だ。運営開始から30〜40年が経つ国内スキー場は、老朽化した設備の更新時期に立たされており、索道設備更新は数億円〜十数億円規模の投資になることも珍しくない。実際に日本各地のリゾートでゴンドラやリフトの架替えが進められている現状を見ると、設備はもう限界に近いのだろう。
リフト券の値上げはこうしたコストの転嫁なのか、それともリゾートとしての価格戦略なのか。いずれにしても、一般スキーヤー・スノーボーダーにとっては厳しい未来に向かっている。

海外発「1日券を高くしてシーズン券へ誘導」の流れ
北米のトップリゾートを見てみると、2025–26シーズンにはVailなど主要なリゾートでは当日1日券が300ドルを超えてきている。
興味深いのはこの高騰の「狙い」だ。海外のゲレンデ情報サイト等では、1日券価格の高騰は顧客をシーズンパスへと誘導するための価格設計だという分析がある。
8カ国・90以上のリゾートで使える国際シーズンパスのEpic Passは、早期購入なら15万円ほどから購入できる。日本のルスツやHAKUBA VALLEYも参加しており、海外からこれを使って滑りに来る客も増えている。1日券の相場を考えれば、数日滑れば元が取れる価格設定で、運営会社自ら早期にシーズンパスを買うことのお得さを訴求している。
しかし、その北米モデルが今、訴訟問題にも発展しているようだ。
2026年3月には、Vail ResortsとIkon Passを運営するAlterra Mountain Companyを相手取り、スキーヤー4人が米連邦裁判所に集団訴訟を提起した。原告側の主張はまさに「1日券を意図的に超高額にすることで、Epic PassやIkon Passを買わせているのではないか」というもの。これが悪なのかというと判断が難しいところだが、Vail社はこの指摘に反論している。
とはいえ「1日券をあえて割高にすることで、シーズン券の早期販売で顧客を囲い込み、売上を先行確保して経営を安定させる」というビジネスモデルが主流になりつつある実態はたしかにある。夏に売上見込みが立てば、冬に向けた設備投資もしやすくなる。スキー場はもはや短期的な「チケット販売業」ではなく、長期的に顧客と一緒に作っていく「会員制ビジネス」に近づいている。訴訟沙汰にまでなった北米スキー場の価格戦略は対岸の火事ではなく、日本のスキー場の一部もすでにそのシステムに組み込まれているといえるだろう。

庶民にとっての希望は、多様な料金体系
その場で高額の1日券を買うか、覚悟を決めて数万円以上のシーズン券を事前に買うか。この極端な2択しかないのかというと、最近はそうではない。北米と日本の対比から離れ、欧州を見てみるとまた違う考え方があるようだ。
世界最大級のスキーエリアであるフランス・Les 3 Valléesでは、2026-27シーズンの大人1日券は84.20ユーロ(約15,100円)と発表された。スイス・Zermattでは、89スイスフラン〜(約16,900円)だ。日本よりは高額だが、北米の300ドル超えよりはまだ手に届く価格になっている。
注目したいのが、Les 3 Valléesではフルで滑れる「1日券」の他に、土曜日20%割、75歳以上のベテラン料金、6日券が5日券と同額(6日目無料)、ファミリーフレックス、といった多様な料金体系が組まれている点だ。
北米型が「囲い込み型シーズンパスモデル」だとすれば、欧州型は「選択型バラエティパスモデル」、そして日本型は「1日券一律価格モデル」からは移行中だがまだその方向性が定まっていない、と見ることができる。
日本の場合、HAKUBA VALLEYの全山共通シーズン券には、2025-26シーズンから国内居住者割が新設された。通常価格に対して大きな割引率となっている。さらに2026-27シーズンには「次世代のスキーヤー・スノーボーダーに、より身近に」という目的で13〜18歳のユース料金が新設された。五竜47ではオンラインIC割引・早割シーズン券に力を入れており、「WEBで早く買う」ことでリーズナブルに入手できる。さらに八方では今シーズンからスタートする「マイナンバー割」も気になる動きだ。実質的には国内居住者割引に等しく、スキー場単体でそれを実現した初めての事例となった。
さらに細かくスキー場単位で見ると、それぞれ独自に設定する割引バリエーションは増えている。まずはグリーンシーズンの地元民割引から始め、その反応を見ながら冬にも適応していくケースも多い。シーズン券はシーズン券で売りながらも、年齢や居住地、滞在日数などでセグメントして多様な券種を用意する、北米型・欧州型のハイブリッドに近づいていると考えてもよさそうだ。

スキー場の値上げ心理と価格戦略
なぜスキー場は、入り口が狭くなれば文化そのものが先細ることをわかっていながら、値上げに踏み切るのか。そこには単なるコスト転嫁ではない、さまざまな要因があると考えられる。
価格戦略は需要調整の手段としても使われる。混雑するリゾートやオーバーツーリズムに悩まされている地域では、あえて高く設定して客をふるいにかけ、リフト待ち行列や駐車場不足の解消を目指す。物理的なキャパシティを超えて受け入れると、サービスの質が落ち顧客満足度の低下にもつながってしまうからだ。
日本特有の横並び意識もあるだろう。隣のスキー場が値上げするから、自分たちも値上げする。実際に白馬エリアでは、スキー場同士がかなり意識し合い、様子を見ながら慎重に価格設定をしている。ブランドイメージや収益構造を守るためには、足並みを揃えて値上げせざるを得ない面はあるだろう。
こうして各社が競い合うことでサービス向上や新施設の建設などが進むのはよいことだが、すでに100%に近い稼働率を誇るスキー場では、客数でこれ以上稼ぐのは限界があり、ならば単価を上げるしかないという発想に至る。スキー場側の合理性を突き詰めていくと、むしろ「未来を守るために今は安くする」という発想は取りにくい構造に向かっている。
外国人旅行者からすると「世界のHAKUBAが1日1万円で滑れる」は、それほど驚く価格ではないかもしれない。しかし日本で暮らす人にとっては、家族4人ならリフト券だけで3〜4万円。そこにレンタル、ガソリン、高速、食事、さらに宿泊なども重なれば、1回のスキー旅行が軽く15〜20万円の出費になってくる。「週末にちょっと家族で行くレジャー」から「年に数回の旅行商品」に変わってしまった。残念ながら、日本の一般的な所得水準は、これに対応できる伸び方をしていない。自国のスキー場なのに自国民が滑れないという、不幸なねじれが起きている。

別の事例として、妙高杉ノ原スキー場は「今冬はシーズン券も早割券も発売しない」と発表した。「ついにローカル排除か」ともいわれるが、公式サイトでは「より快適なゲレンデ環境を維持するため」とその理由が説明され、広々とした空間とロングクルージングをゆったり楽しんでほしいという想いが伝えられていた。周辺ホテルの建設により駐車場がコンパクトになり、収容人数に限りがあるという状況もあるらしい。
いかに収益を上げながら、ブランドを守るか。「値上げ」によって来客数調整をするのではなく、いっそ券ごとなくして一旦はわかりやすく低単価客をカットする。違うやり方で表出しただけで、根本的には同じことだ。仮説を立てるとすれば、「当日来る人に極端に高く売り、常連客には事前にシーズンパスを買わせる」という単純な欧米型戦略ではなく、その中間を作ろうとしている段階の一時的なブランド戦略とも考えられる。真意はわからないが、きっとその決定の裏にはスキー場の試行錯誤があったはずだ。
スキー場ごとの対応が追いついていないだけで、日本国民やコアなスキーヤー・スノーボーダー、そして次世代を担う子どもたちのために「別の入口を残す」発想は、多くのスキー場が持っている。今はそれがまだ形になっていない移行期間なのだろう。
10年後、誰がスキー文化を担うのか
そもそもスキー・スノーボード人口は減っている。ピーク時の1,800万人(1998年)からは7割超の減少だ。世界でも同様に「ホームマウンテンなのに地元民が滑れない」という問題はあり、スキー場スタッフですら山から遠ざかっているという声もある。
地元の高校生、大学生、20代のスノーボーダー、子どものいる家庭、季節労働者が滑らなくなれば、10年後、誰がスキー文化を担うのだろうか。Vail ResortsのCEOも「スポーツの未来は次世代のスキーヤーとライダーにかかっている」という趣旨のことを述べ、ユース向けに安いパスを提供している。値上げをして短期的に儲けることだけに集中すれば、近いうちに市場そのものが無くなるというリスクは皆承知しているのだ。
もうひとつ、この問題の影では別の時計が動いていることも見過ごせない。気候変動により、雪そのものが減っているという事実だ。
先日、北海道大学と森林総合研究所の研究チームの分析により、「温暖化の進行で世界の平均気温が産業革命前より4度上昇した場合、国内で天然雪を用いて安定的に営業できるスキー場が7カ所になる」という衝撃的な発表があった。(参考記事)
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ある日突然雪が降らなくなるわけではなく、12月の雪が遅れ、3月の雪解けが早まり、シーズンの両端から削られていく。「滑れる冬」は年々短くなり、5ヶ月あった営業期間が実質1〜2ヶ月に圧縮される。半分の営業日数で今までと同水準を売り上げるには、倍の料金を取るしかなくなる。安定した営業のために人工降雪機を導入すれば電気や水の費用がかさみ、老朽化したリフトの架替え時期は容赦なくやってきて、それなのにスキー人口は右肩下がり。これだけ重なると「文化以前に、10年後そのスキー場は営業できているのか」という心配が先にくる。
未来を見据えて「将来の市場や文化を育てる」より、雪がまだあるうちに「目の前の運営を成立させる」ほうに意識が向くのは必然だ。言ってしまえば「稼げるうちに稼ぐ」しかないのだ。雪があり、需要もあり、世界中から客が来てくれる状況は、そう長くは続かないかもしれない。今のうちに必要な利益を確保しておくことは、残酷ながら一定の合理性があるように思えてくる。
雪不足、営業期間短縮、老朽化設備の更新、人件費上昇、物価高騰、電気料金高騰、少子化、国内スキー人口減少──と並べれば課題は山積みだが、スキー場がきちんと利益を得ることと、スキー・スノーボードをする人を減らさないことを両立する発想が必要である。

スノー産業の未来のために、入口をひとつにしない寛容さを
1日券が1万円を超えることを、頭から否定することはもうできない。値上げの理由は正当で、ビジネスとして極めて合理的な判断だからだ。問題はそこではなく、「1万円を払える人しか、雪山に入れなくなる」という状況を、このまま放置してしまうことにある。
だとすれば値上げは受け入れ、「入り口をひとつにしないこと」を全員で目指すべきではないだろうか。観光客からは、世界基準に照らして適正な価格をしっかり受け取る。その一方で、セグメントごとに別の入り口を用意しておく。地域住民パス、U25・U30パス、初心者券、平日券や時間券、回数券、共通シーズンパス──やり方はいくらでもありそうだ。「全員に安く売る」のではなく、「未来や文化を担う人が滑り続けられる価格設計をする」という発想への転換だ。
雪山を「誰でも遊べる文化」として残そうとしているのか、それとも「限られた期間に最大限の収益を上げる観光資産」として使い倒そうとしているのか。ダブルプライシングの発想自体はもう日本に入ってきているので、あとはスキーヤー・スノーボーダーがそれをどう受け止めるかだ。各スキー場が提示してくるプランとサービスを一旦は受け入れて、利己的な批判ではなく、建設的な意見がしっかり伝わる世界になればいい。
もう一段広げるなら、スノーリゾートのグリーンシーズン観光にも目を向けたい。たった2ヶ月になるかもしれない冬のリフト券収益だけでスキー場を維持する構造は、もうとっくに破綻している。滑らないグリーンシーズンにも足を運び、各地のスキー場がしのぎを削る飲食やアクティビティを楽しむことが、結果的にスキー場やスノー産業を守ることにつながる。夏には一切行かない、という人は、業界貢献の気持ちで遊びに行ってみるといいかもしれない。
「1万円を5,000円に戻そう」という現実的ではない提案はもうやめて、雪山の入口までは閉じない仕組みを作っていくほうが、これからは大切になる。スキー場が生き残ることと、スキー文化が生き残ること。このふたつを対立させず、入口を意図的に分けていくことができれば、10年後もゲレンデに新しい顔を迎え入れることができるはずだ。
