北アルプス最奥地、標高2,500m以上の山頂付近に位置する山小屋「三俣山荘」と「水晶小屋」。電気もガスも水道もない環境の山小屋で長年オーナーを務めた伊藤圭さんが、いま活動の軸足を移しているのが、その麓の長野県大町市だ。
2026年7月18日(土)・19日(日)の2日間限定で開催される「まほろば商店街」は、普段はシャッターが下りた店が多い大町中心市街地商店街が一斉に開き、アウトドアブランドのPOPUPや音楽ライブ、ワークショップが入り込み、”私たちの理想郷”を出現させる企画だ。
なぜ山の人間が、街の商店街を舞台に選んだのか。コロナ禍で崩れた山小屋経営、大町だけが取り残されてきた歴史、若い登山者たちから広がる新しい山との向き合い方。「山と街をつなぐ」という構想に至るまでの道のりを、イベントの発起人でありオーガナイザーとして動く一般社団法人ネオアルプス代表・伊藤圭さんに聞いた。

オーガナイザー/一般社団法人ネオアルプス代表 伊藤圭
戦後登山の開拓者として知られる伊藤正一氏の息子として東京に生まれる。子どもの頃から夏を北アルプス最奥の山小屋で過ごし、2001年より支配人として水晶小屋を運営、2016年に父の跡を継いで三俣山荘・水晶小屋の経営者となる。かつて父が拓きながらも荒廃していた登山道「伊藤新道」の復活に取り組んできた。近年は大町市に活動の軸足を置き、一般社団法人ネオアルプスを立ち上げて山岳観光を中心としたまちづくりの活動を展開している。
面積は北アルプスの3分の1、なのにどこよりも人が来ない街
北アルプスは、日本で最も登山者に人気のあるエリアのひとつ。だが同じ北アルプスといっても、上高地や燕岳のように賑わう場所もあれば、ポテンシャルがありながらいまひとつ盛り上がらない場所もある。伊藤さんいわく、その差を生んでいるのは単なる「運、不運」なのだそうだ。
「北アルプスは、正式には中部山岳国立公園。だけど国立公園といったって、国からの予算がつくわけではないんです。山小屋が潰れそうでも助けてもらえないし、そもそも山小屋って国営ではなく私企業だから。トイレ作るのも登山道整備も、自腹でやるしかない。人気のあるエリアはどんどん整備が進むけど、そうじゃないところは取り残されていく」
山小屋は本来、登山者の命を守るインフラでもあるはずだが、法律にも国家にも守られない「なんとなくの公共性」なのだという。その象徴が、伊藤さんの三俣山荘へと続く「裏銀座ルート」であり、そこへの入山口にあたるのが大町市だった。

━━大町市は、実は北アルプスの中でもかなり広いエリアを占めているんですよね。
面積で言えば3分の1くらい。それなのに、一番賑わっていない(笑)。初めはバスもろくに通っていなくて、都会から来た登山者はタクシーで1万円かけて入山口まで行くしかなかった。日帰り登山ができる他のエリアに比べたら、圧倒的に不利な状況がずっと続いていました。
━━なぜ大町だけが、そこまでアクセスが悪くなってしまったんでしょうか。
理由は大きく2つあると思っていて。ひとつは、1950年代と70年代に大規模なダム建設があったこと。かつての入山口がダムの底に沈んで、10年間くらい登山ができなくなった時期があったんです。もうひとつは、その後の市の観光行政がずっと扇沢から立山に抜ける「アルペンルート」に絞られてしまっていたこと。構造的に、他の登山ルートや中心市街地に光が当たってこなかったんです。
コロナ禍で崩れた、山小屋の”当たり前”

長らく綱渡りで成り立ってきた山小屋経営が、決定的に揺らいだのがコロナ禍だった。感染対策で「一枚の布団に1人」しか泊まれなくなり、それまでのビジネスモデルがまるごと機能しなくなったという。
━━もともと山小屋の経営は、どういう仕組みで成り立っていたんですか。
正直、めちゃくちゃなビジネスなんですよ。繁忙期には定員の3倍、4倍が泊まる日がある。一枚の布団に3人が寝るとか、それが当たり前だった。そういうお祭りみたいな日が年に10日から2週間くらいあることで、なんとか収支が合ってたんです。
━━かなり無理のある仕組みだったんですね。
そう。それがコロナで「一枚の布団に1人」になった瞬間、根本から崩れました。普通の旅館なら当たり前のことなんですけど、山小屋にとって人数制限は痛かった。半分しか泊まらせられないなら、宿泊料金を倍にしないと成り立たない。「山だから」で許されてきたビジネスを、ちゃんとした形にせざるを得なくなったんです。

そこで伊藤さんが考えたのが、「登山客の母数を増やす」というアプローチだった。ほぼ同時期から、父・正一さんがかつて拓きながらも荒廃していた登山道「伊藤新道」の復活プロジェクトが動き出した。
「冒険」に惹かれる若い登山者たちと、伊藤新道の復活
━━伊藤新道は、どんな道なんですか。
冒険、アドベンチャー、という言葉がぴったりな、山をしっかり感じられる道です。川にジャブジャブ入って渡らないと進めないような。雨の量から水量を自分で予想して判断しないといけない。失敗したら渡れないから、行ってみて様子を見てからその場でビバークすることになったり。「百名山を制覇する」みたいな登山とはちょっと違って、もっと自然に肉薄して体験できる道だなってずっと思ってたんです。
━━それを2020年頃から復活させ始めたんですね。
そうです。提案したら、若い人たちが見事についてきてくれて。クラウドファンディングで吊り橋を架け直すところまで話が広がりました。熱量を持って登山ウェアやギアを作ってるブランドの人たちも賛同してくれて。それだけ共感してくれるなら、山の環境保全や文化を守るのって、山小屋だけじゃなくて全員でやるべきことじゃんって思い始めたんです。

━━若い人の共感が大きかったんですね。
背景には、ウルトラライトハイキング(UL)文化に代表される登山カルチャーの多様化があったと思います。アメリカのロングトレイル文化が日本にも輸入され、軽量化やDIYの発想を持つライトなハイカーたちが出てきて、ファッションやストリートカルチャーとも結びつきながら、いわゆる「登山者」とは違う裾野が広がってきていたんです。
彼らにとって、伊藤新道が提唱する登山が魅力的だったんだと思います。昔ながらの登山者と新しいハイカーは、いまや半々くらいに近づいてる感覚がありますね。淘汰されるべき文化なんてないし、全部つながっていけばいいじゃんって思っています。
━━安全第一の登山の世界で、そういうライトな層への厳しい声もありそうですが。
ありましたよ。当初はすごい叩かれました(笑)。でも、山に入ること自体、そもそも安全じゃないですからね。危険を背負うのが登山だと思ってて。死なない程度の失敗をすることで、いろいろ学べることがある。それが自然との共存につながっていくんじゃないですかね。

山小屋に”街っぽさ”を、街には山との繋がりを
道が整い、若いハイカーが増えるほど、伊藤さんの関心は道の外に向いていた。コロナ禍を経て、各山小屋がうちの個性、うちのブランディングを考えざるを得なくなり、競争が生まれてビジネスとしてのレベルは上がった。従来の常識を覆す新しい山小屋の在り方まで考えるなかで、そのヒントはやはり「街」で見つかったという。
「山小屋って、夕食が終わったら消灯まで何もやることがないのがデフォルトだったんです。雨でも降っていたら、本当に牢屋に閉じ込められてるみたいに過ごすしかない。山の上に酒場を作れたら面白いと思ったんです。テント泊の人も山小屋の人も入り乱れて話せる場があれば、山に来ること自体がもっと楽しくなる。結局、街でやってるようなことを山小屋に持ち込むだけで、もっと面白くできる。山の上にもカルチャーがあっていい、っていう」
だが、実際に大町の街に足を運んでみると、山への熱量とはまったく噛み合っていない現実に直面することになった。
━━大町に来てみて、最初にどう感じましたか。
「山での体験って何ですか」ってくらい、山と街がまったくつながっていなかったんですよ。温度差がすごすぎて、どこから手をつけようかなって。
━━それで商店街に拠点を作ったんですか。
まずは街側にアンテナショップのようなものが必要だと思い、駅から続く商店街に「三俣山荘図書室」という場所を作りました。今でこそブックカフェとしてカルチャーのハブになるような場所を目指していますが、当初は市の職員、環境省の人、山岳博物館など街側の山の関係者を呼んで勉強会をするような、閉じた場所だったんです。まずそこと関係を作って、山と街をつなぐことを始めました。

━━そこから少しずつ、成果も出てきたそうですね。
伊藤新道の麓に湯俣温泉っていうところがあるんですけど、川の水がターコイズブルーだったり、温泉が湧き出て硫黄の匂いが立ち込めていたり、アウトドアの聖地みたいになれるポテンシャルがあるんじゃないかと思ったんです。でもそこへ行くのが大変すぎて人が来ない。
いろいろな関係者と話すうちに、まずは入山口までタクシーでしか行けないのを直しましょうよということになって、廃止になってしまっていたバスを復活させることができました。歴史が分断してきたものを、一個ずつなんとか結び直してきた感じです。

こうした積み重ねの中で伊藤さんの中に一貫して芽生えていったのが「山だけを整備しても、街とつながっていなければ意味がない」という感覚だった。山を目指す人がいくら増えても、大町という街を素通りしてしまうかぎり、地域全体としては盛り上がらない。山と街の間に生まれた分断そのものが、大町の課題の本質だった。だからこそ、次に手をつけるべき場所は、自然と街に定まっていった。
日本にまだない「トレイルタウン」を、2日間だけ出現させる
そこで立ち上がったのが今回の「まほろば商店街」だ。もともとは大きな野外フェスの構想があったが、いきなりそれを実現するにはハードルが多く、「まず商店街のシャッターを開けてみよう」という小さな話が形になったものだ。
普段は閉まってる商店街のシャッターを2日間だけ一斉に開け、空き店舗に40以上のアウトドアブランドが出店。インフルエンサーを呼んだトークショーや、体験型のワークショップ、フード&ドリンクや音楽ライブなど、多彩なコンテンツを展開する。フェスのような、マルシェのような、今までにないイベントだ。

━━「まほろば商店街」にかける想いを教えてください。
フェスをやりたいねってところから、まずは街中ですぐにできることをということで、今回の企画になりました。人の協力もあって急展開で進んだ話だったけど、ふと我に返ってみたら、街をジャックしてアウトドアタウンにするっていうのは、もともとやりたかったことだったなって。わかりやすい未来像を見せることができれば、こんな街になったらいいよねというビジョンを共有できる。まずはみんなでそのイメージを描きたいです。
━━大町にはそれだけポテンシャルがあるということでしょうか。
僕はあると思ってます。「北アルプスの街」って聞くと、みんな松本とか安曇野とか白馬を思い浮かべると思うんですけど、実は北アルプスの山岳エリアの面積で言うと、一番大きいのは大町なんですよ。それがあまり知られていなくて、地元の人ですらそのポテンシャルに気づいてない。
海外には、ロングトレイルの途中に立ち寄る「トレイルタウン」っていう文化があるんです。山の近くの街にセンスのいいブランドショップやブルワリーが並んでいて、山歩きの途中にふらっと街に立ち寄って一息つける。そういう街が日本にもあればいいのにとずっと思っていて。
大町は山の麓にこれだけ大きな街があって、昭和感の残る商店街があって、山と街のコントラストが面白い。こんな街、日本中探しても他にないんです。大町には、日本にまだ存在しない「トレイルタウン」になれる隙があると思っています。
━━商店街から山まで巡るスタンプラリーの企画にも、その考え方が反映されているんですね。
そうです。街を歩いて、山に登って、また街に戻ってくる。この一連の流れ自体が旅なんだっていう感覚を体験してほしくて。企画者や設計者だけが街をつくるんじゃなくて、来てくれる人たちの想像力を総動員して、大町の未来像を描いていきたいんです。伊藤新道を復活させたときも、通った人全員でつくる道だってずっと言ってきたので。それと同じ発想ですね。

━━イベントに興味がある人へ、メッセージをお願いします。
大町でしか見られない景色があります。北アルプスの雄大な山並みと、昭和の面影が残る商店街。この妙にアンバランスなコントラストは、他のどこにもない景色です。ぜひ夏のはじまりの大町を訪れて、みんなで作り上げる商店街の空気を感じて、この街の未来を描く仲間になってほしいですね。
—
「まほろば商店街 〜シャッター街が、理想郷に生まれ変わる2日間〜」
日時:2026年7月18日(土)・19日(日) 11:00〜18:00予定※18時以降アフターパーティーあり
会場:長野県大町市中心市街地商店街(三俣山荘図書室・松葉屋 ほか)
主催:大町アウトドアプロジェクト
共催:一般社団法人ネオアルプス
公式サイト:https://neoalps.com/mahoroba/
公式Instagram:https://www.instagram.com/mahoroba_fes_omachi/
取材・文 flumen編集部
