「場所観光」から「人観光」へ。これからの旅の形を探る、白馬バレー発チャットメディアの可能性(前編)

by flumen編集部
「場所観光」から「人観光」へ。これからの旅の形を探る、白馬バレー発チャットメディアの可能性(前編)

今、長野県の「白馬バレー」を賑わせているメディアがある。

白馬村・小谷村・大町市にまたがるエリア、白馬バレー。スキー・スノーボードで知られるが、冬季以外の観光客誘致にはいまだ多くの事業者が苦戦している。

そんな中、白馬村を拠点に中古スノーボード買取とスノーボード開発・販売事業を営む㈱モンスタークリフの佐藤さん @otoshi_s は2022年3月、LINEオープンチャット「THEDAY.HAKUBA」を開設。約2ヶ月で地域内外から800名以上が参加し、「白馬バレーの観光情報メディア」として日々リアルな情報が行き交っている。

白馬に関心があれば誰でも参加でき、旅行中の困りごとをつぶやけば、地域住民や事業者たちが助けてくれる。地域と観光客が直接つながれるインターネット上の空間が、「観光」の在り方まで変えてしまうかもしれない。

この2ヶ月間、寝ても覚めてもオープンチャットのことしか考えていないという佐藤さんに、チャットメディアを運営しながら見えてきた新たな「観光」の形について聞いた。

※LINEオープンチャットとは
興味関心や特定の話題についてトークルームを作り、友達以外のユーザーとも交流できるLINEの機能。匿名で参加できるため、趣味のコミュニティや企業広報のツールとして使われている。

自称「中古スノボ屋のおじさん」がはじめた、白馬の“今”を知れるオープンチャット

佐藤さんがこの機能を知ったのは、友人に教えてもらって参加した、スキー場の共通パスサービスのユーザー向けグループがきっかけだった。そこでは、毎日あちこちのスキー場を訪れるパス保有者たちが、現地情報などを交換し合っていた。自社のお客さんとも相性がよさそうだと思い、1人でトークルームを開設した。

Hakuba openchat 1 1オープンチャット
LINEオープンチャット「THEDAY.HAKUBA」

──LINEオープンチャット、すごい勢いで参加者が増えていますね。でも3月まではこの機能を知らなかったんですよね?

まったく知らなかった。友達に教えてもらってグループに入った瞬間、鳥肌が立ったよ。天候・積雪情報・混雑具合・周辺の飲食店の情報がリアルタイムで交換されていて、スノーボード業界やウィンター業界の課題がそこに全部詰まってた。感動しちゃって、過去のチャットも夢中で全部遡った。

──そのときから今の形の発想があったんですか?

いや、全然。THEDAY.HAKUBAという「白馬の山を滑るためだけのスノーボード」を作って販売しているから、購入者限定チャットを作って、白馬の積雪情報とかを交換したいというのが始まりだったんだよね。

佐藤さんが開発・販売する「白馬の山を滑るためだけのスノーボード」

スキーヤー・スノーボーダーにとっての「天候情報」は3段階くらいあると思っていて。1段階目は誰でも見られる天気予報サービスの情報。山の天気は変わりやすいからこれにはあまり価値がなくて、2段階目の「雪山付近に住む人が体感している天気」の情報が欲しい。さらに3段階目には「実際にフィールドを滑っている人が体感している天気・積雪状況」があって、どんどん価値が高まっていく。

自分が山に登らない日も、板を買ってくれたお客さんの誰かが登っているかもしれない。登っているからわかる天候情報にはすごく価値があるから、20人くらいお客さんが入ってくれて情報交換ができたらもっと板を楽しんでもらえると思って、かなり気軽に開設したんだけど……。

自身が開発・販売するスノーボードで白馬の山を滑る佐藤さん。積雪情報のチェックは欠かせない

──滑り手向けの情報に特化していたんですね。そこからどのタイミングで、観光情報メディアに?

開設して4日目だったね。

──すごいスピード感(笑)。

4日目に急にわーっと参加者が増えて。「あれ、うちの板こんなに売れてないのにどうした?」と思ったら、デフォルトで一般開放の設定になってたみたいで。購入していない参加者が一気に増えちゃって。

Hakuba openchat 1 6観光とは

──お客さん以外の人が増えて、どんな投稿がありましたか?

一週間ほど経ったある日「THEDAY.HAKUBAとはリフト券のことでしょうか?」ていう投稿があった。明らかにチャットの主旨を知らない人だよね。あとは、年配スキーヤーの方が「今から人生最後のスキーに向かいます」と投稿して、数十年ぶりの八方尾根スキーに出かける一部始終をみんなで応援するみたいな、とんでもない展開になって(笑)。

──その方も、板を買ってくれたお客さんではない……?

間違いなくないと思う(笑)。どこから来たんだろうという参加者が増えて焦ったけど、地域に特化したこういう空間は今までなかったなと、可能性も感じたんだよね。長年スノーボードやスキー場のことを考えてきて、やっと点と点がやっと繋がったような感覚があった。

売上には繋がらないかもしれないけど、全力投球してみようと。それから2ヶ月、仕事そっちのけでオープンチャットばかりやっている。ただの中古スノボ屋のおじさんなのに、何してるんだろう……。

良い「街づくり」が、スキー場も自分も潤うための近道

佐藤さんはスノーボード歴25年、中古スノーボードの買取事業を始めて10年、白馬エリアに移住して7年。新規事業として立ち上げた白馬の山に特化したスノーボードブランドは3シーズン目を終え、想定したターゲット層にはしっかり売れた手応えもあった。

次のステージを見るためには、白馬という地そのものに興味をもつ人を増やさなければ。以前から感じていたスノーリゾートに対する課題感も重なり、「観光」「街づくり」というキーワードが自然に浮かんだ。

白馬エリアの観光に注目し、「街づくり」を考えるように

──自分のボードの売上に繋げようとせず、白馬の観光全体を考えたということですが、独占欲がないのがすごいなと思って。

もちろん本音は売上に繋げたいけど、白馬という地域自体のファンになってもらえるような「街づくり」をすることが、近道なんじゃないかと。

自分の板を売るためには、白馬のスキー場に人を呼ばないといけないから、いろんなスキー場のことはいつも調べているんだよね。海外のスキー場は不動産開発の一部になっていて、スキー場、飲食店、宿泊業者がバラバラの動きをするんじゃなくて、街づくりの大きなビジョンの中にスキー場がある。海外のとあるスキー場について書かれた記事で『良い街づくりをすれば自ずとスキー場に人は来る』という話を読んだことがあって。

──「街づくり」がうまくいけば、結果的には自分たちのような事業者も潤うということ?

そう。白馬ファンのコミュニティを作れれば、スキー場や自分みたいな周辺の事業者もしっかり売れるはずだよね。日本はいろいろな権利の問題もあって、海外のようなリゾートモデルを作るにはハードルが多すぎるから、自分たちでコミュニティを作ってみよう、と。

「観光」の美しい形とは? ハードではなく、ソフトを巡る旅

方向転換をするとすぐに「では観光とは?」と考えた。親しいスノーボード仲間たちもチャットに入ってくれ、スキー場のある観光地の在るべき姿について話す機会もあった。「観光」とは、どうなると一番美しいのか。観光をつくる要素をハードとソフトに分ける考え方がヒントになった。

Hakuba openchat 1 7青木湖

──理想的な「観光」について、どんな考えになっていったんでしょうか?

「景色や施設などの“ハード”は数回見れば飽きてしまうから、地域のリピーターになってもらうには人や習慣といった“ソフト”が大事」。仲間から聞いたこの話が、ずっと頭に残っていて。これをヒントに「観光」とは何か調べるうちに、こんな定義があった。

観光とは、日常の生活では見ることのできない風景・風習・習慣などを見て回る旅行

“風景”はハードだけど、“風習・習慣”はソフトだよね。今の白馬はどちらかというとハードで人を呼ぼうとしてる。良い景色と遊び場があります、新しい施設ができました、美味しいレストランがあります、って。風習・習慣が感じられるような、“地域の人と繋がる”体験のほうに可能性があると思った。

──たしかに観光で遊びに来ても、地域の人や彼らの風習・習慣には触れづらいかも。

何十年も前の「観光」って、ソフトありきだったんだよね。インターネットがなかった時代、旅先にはみんな定宿(じょうやど)があって、その土地に行けばいつも決まった宿に泊まっていた。顔なじみの宿主と久々に会えるのも旅の楽しみで、そろそろあの人に会いに行くか、という感覚で旅することもあったんだって。

──今はインターネットの比較サイトで宿を選ぶ人も多いですね。

白馬には昔ながらのペンションや、常連さんだけで続いているような宿も残っているけど、いつのまにかネット検索で価格順・評価順とかで比較できるようになって、ソフトとの繋がりが薄れちゃったんだと思う。昔みたいな人ありきの方向に「観光」は戻っていくべきなのかなと。

あの人に会いに、白馬へ。行く前から始まっている「観光」の形

「ソフトとの繋がり」を意識したのは、田舎暮らしやワーケーションを楽しむ拠点を月額4万円から借りられる定額住み放題サービス『ADDress』の影響も大きい。ADDressは白馬エリアにも拠点を展開し、コミュニティマネージャーである「家守(やもり)」の活動を間近で見るうちに、家守という“人”をきっかけに白馬を再来する人の多さに衝撃を受けた。

Airbnb CEOのブライアン・チェスキー氏も『コロナ後の世界では、私達は人に会いに行くために旅行する』と言っている。人の力で人を呼び寄せる「観光」の形がこれからは求められ、オープンチャットがそのきっかけを作れると感じている。

──ADDress会員の人たちと接して、ソフトとの繋がりについてどんな発見があったんですか?

ADDressの人って、全国を転々とする中で、「白馬がどんな場所かは知らないけど拠点があるから行ってみよう」みたいな感じで来るんだよね。白馬は山やアウトドアを目的に来る場所だと思ってたから、驚いちゃって。来てみて「家守」に出会って、地元の人たちを紹介してもらって、街と人を好きになってまた会いに来てくれる。それからようやく「あ、山があるんだ。登ってみよう」というふうに、ソフトをきっかけにハードの魅力を見つけていく。

ADDress会員の友人たちと自宅前にて

──スキーやアウトドアの観光客とは、順番が逆ですね。

そう。この流れがオンライン上でも作れたら面白いと思って、オープンチャットで実験してみた。白馬ローカルの仲間たちにチャットに入ってもらって、観光客からの質問をわざと振ってみたりしてたんだよね。自分が答えられない質問は、詳しそうな白馬ローカルをメンションして、代わりに答えてもらう。

佐藤さんが答えられない「釣り」の質問は、詳しそうな仲間にパス

──いつもの会話を見ているみたいですね。

みんなが見てる場所でやれば、ローカル同士の連携プレーで仲の良さも伝わって、「風習・習慣」が感じてもらえると思うんだよね。見ているだけの数百人にとっても、もうオープンチャット内で「観光」が始まっている。いつも情報をくれるこの人は、どんな人なんだろう……?て、気になってくる。

すぐに「会いに行こう!」とはならなくても、白馬に来たときにチャットによくいる誰かのことが気になったり、チャットで話題になった場所を訪れれば会話のきっかけになったりするかもしれない。お店でお客さんから「オープンチャット見て来ました!」と声をかけられるケースも増えているみたい。

──ハードを目的に訪れても、ソフトに触れられるんですね。

ハードとソフトが常にセットになるから、オープンチャットを経由して白馬に来れば、ハードだけ楽しんで帰ることにはならない。ソフトは変化していくから、ここを介することができれば、何度でも来たくなるきっかけが作れる。これが今オープンチャットで作りたいと思っている「観光」の形。

Hakuba openchat 1 9観光の形

・・・

観光とは何か?と自分に問い続けながら、2ヶ月の間にさまざまな実験を行ってきた佐藤さん。飲食店とコラボしてみたり、事業者の紹介投稿をしてみたり、まとめノートを作ってみたり。人数が増えると、地元の人から声をかけられることもあり、想定していなかった問題にも向き合った。

白馬バレーエリアのインフラのような存在になりつつある「THEDAY.HAKUBA」オープンチャット。後編では、具体的な取り組みや工夫してきたことを、他の観光地への横展開やコミュニティ型メディアの可能性を考えながら聞いていく。

(後編はこちら)狭域型コミュニティメディアが「地域観光」を変える? 白馬オープンチャット管理人・佐藤さんの気づきと取り組み事例

LINEオープンチャット「THEDAY.HAKUBA」の参加はこちらから
白馬の山を滑るためだけのスノーボード THEDAY.HAKUBA https://hakuba-special.jp/
佐藤さんTwitter https://twitter.com/otoshi_s
佐藤さんInstagram https://www.instagram.com/atsutoshi_monster_cliff/

取材・文・編集 @ryokown
写真 インタビュイー提供、@ryokown

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