現在3,200名以上が参加し、「白馬エリアの観光情報メディア」として日々リアルな情報が行き交う、白馬のLINEオープンチャット。天気・交通情報の共有や地域事業者による告知にも活用され、村のインフラとして機能している。
しかしそんな貴重な場が、2024年3月をもって完全閉鎖してしまう。このチャットは村公式などではなく、白馬村でスノーボードを開発・販売する㈱モンスタークリフの佐藤敦俊さん @otoshi_s がたったひとりで運営している。開設から2年間、1日も欠かさず地域情報をアップし続け、信頼を積み重ねてきた。
誰にも相談せず閉鎖を決めたそうだが、その理由をきちんと伝えられればということで「卒業取材」をさせてもらった。なぜやめるの?これはなんだったの?これからどうなる?など、佐藤さんに根掘り葉掘り聞いてみた。
チャット運営にフルコミットした2年間
2022年3月、佐藤さんは自身が手がけるスノーボードブランドと同じ「THE DAY.HAKUBA」という名前でオープンチャットを開設した。当初は自社ブランドのお客さん向けだったが、公開設定ミスで一般の観光客も入って質問していることに気づくと、瞬時に観光客向けのチャットに転換。それからさまざまな展開があり、現在ではオープンチャットの「観光」カテゴリで何ヶ月も1位に君臨し続けている。
オープンチャット(以下オプチャ)開設初期に当メディアでも取材させてもらったので、まだの人はこちらの記事を先に読んでみてほしい。
「場所観光」から「人観光」へ。これからの旅の形を探る、白馬バレー発チャットメディアの可能性(前編)
狭域型コミュニティメディアが「地域観光」を変える? 白馬オープンチャット管理人・佐藤さんの気づきと取り組み事例(後編)
──絶好調なのに閉鎖してしまうなんて。聞いたときはびっくりしました。
もう2年って、早いよね。やめると発表したら「佐藤さん飽きちゃったんじゃない?」とか言われるんだけど、全然そんなつもりはなくて。自分のスノーボードブランドの一環として運営してきて、その役割を終えただけ。やめないで!という声は嬉しいけど、ブランドのためには今やめるしかない。応援してくれた人たちにはきちんと自分の言葉で説明できればと思います。
──もともとスノーボードブランド「THE DAY.HAKUBA」のためのチャットでしたもんね。
こういう活動してると「観光業の人」みたいに思われることがあるけど、自分の仕事はスノーボードを作ること。2014年に家族で白馬に移住して、中古スノーボード買取事業をやってきた。2019年から自分のスノーボードを開発して売るようになった。「地域密着型スノーボードブランド」というコンセプトの元でやりたい仕組みづくりがあって、ちょうどよくハマったツールがLINEオープンチャットだったんだよね。
──開設から2年間を振り返って、どんな変化を辿ってきましたか?大きくなるとコントロールも難しかったのではないでしょうか。
いろんな人がチャットに入ってきて、購入者以外には退出してもらうべきか一瞬迷ったけど、面白そうだからそのままにしてみたら口コミでどんどん増えて。すぐに500人くらいになった。メディア取材もあって参加者が増えてくると質問も多くなるから、最初の頃は200%で応えようとして観光スポットやおすすめ飲食店のまとめをひたすら作ってた。
自然に参加者同士のやりとりが生まれて嬉しかった反面、いろんな人が入ると難しいこともあったね。地域内の触れづらいトピックから議論になったり、参加者同士で揉めてしまったり。操縦者がいないとダメなんだと気づいて、こまめに見てコントロールするようになった。
今では村長や役場の人、スキー場関係者、地域の飲食店や宿のオーナーなども入ってくれていたりして、安定はしてきたのかな。面白い村民と観光客をつなげる「村ガチャ」を始めたのも相乗効果になって、いろんな人が出会うきっかけを作れたと思う。皆さんのおかげです。
ボードをきっかけに来て回遊して、白馬を好きになってもらいたい
佐藤さんが手掛けるブランド「THE DAY.HAKUBA」では、「白馬の山のこの沢を滑るため」「このゲレンデのこの斜面専用」といった白馬の山を滑るためだけのスノーボードを開発・販売している。毎年シーズン初めに今季のモデルを発売するが、オプチャが成長した今季は発売前から期待値が高く、モデルによっては販売開始からわずか4分で完売。これは「狙いどおり」だったのだろうか。
──正直、オプチャは「THE DAY.HAKUBA」を売るためという意図もあったんでしょうか。
たまにそう言われるんだけど、売るためにっていうのは一切考えてなかった。聞いた話なんだけど、生き残るブランドの共通点は、コアユーザーに鬼のように刺さるかなんだって。そのためにはとにかく目の前のお客さんの満足度をむちゃくちゃ上げようって、それだけを考えてやってきた。
──なぜそこまで「お客さんの満足度」にこだわったんですか?
根幹には「自分が乗りたいスノーボードを作り続けたい」という強いビジョンがある。そのためには、1本1本の質が良いのは大前提で、付加価値をつけてブランドとして認知されないといけないよね。
ブランドになるには尖ったコンセプトが必要だから、「五竜ナイターモデル」「稗モデル」というように白馬の特定の斜面や地形にあわせたモデルを作ってきた。自分が白馬が好きで移住したから、THE DAY.HAKUBAをきっかけに白馬に来る人を増やせたらいいし、来たからにはいい体験をして白馬を好きになってほしいと思って。
──白馬をもっと楽しんで好きになってもらうためのツールだったんですね。
白馬村は今も昔も観光業で成り立つ村で、たくさんの人が来てお金を落としてくれるのが理想的な状態。だけどスキー・スノーボードをしに来る人たちって、意外といつも行く宿や飲食店が決まってしまってるんじゃないかなと思っていて。
もっと「回遊」してくれたほうが観光地として潤うけど、新しいスポットを知るきっかけが少ない。お客さん同士で情報交換し合えるチャットがあれば、スケールは小さくても、ローカルブランドとして回遊の仕組みが作れそうだと思った。
──「回遊」どころか、迷子犬を探したり、ゴミ拾いをしたり、観光客向けの範囲を超えた展開もありました。それはどういう意図だったのでしょう。
迷子犬情報が出たとき、最初は「ここはそういう場じゃないですよ」と言おうかと思ったけど、リアルタイムでやりとりしながらみんなで探して、見つかったときすごい盛り上がったんだよね。そのときに、自分は考え方を間違えていたなと。地域で困っている人がいたら助けるのが当たり前。ゴミ拾いも同じで、地域をよくすることは観光地としての価値を上げることにつながる。
求められることに応じてやりながら変化させてきたね。とはいえ観光客向けのチャットだから、求人や物件情報を切り離せるように「白馬村で暮らす【求人 賃貸 移住】」を新設した。ブランドと親和性のない情報を分けて、本体のほうを守る目的が強かったかな。
「村長になりたいんでしょ」と言われても。スノーボードへの徹底したこだわり
持ち前のマメさと情報収集力でどんなときも3分以内に反応し、時差のあるアメリカにいても早朝3時に起きてチャットと向き合う。「お金にならないのになぜそこまで?」とよく聞かれるそうだが、大好きなスノーボードと紐づいているから2年間走り切れた。
──すっかり白馬で有名人になったから、いろんな声が届くんじゃないですか。
いやいや。でも、何を狙ってるの?裏の目的は?とかすごく聞かれる。村長になりたいんでしょって言われたこともある。あくまで自分の中ではずっと、スノーボードのためにやっていることなんだけどね。
──スノーボードとの関連、閉鎖の理由にもなってくる部分だと思うので詳しく教えてください。
THE DAY.HAKUBAが提供するものとして、ひとつはスノーボードの板、それに加えてチャットがある。2つ合わせてセット販売の商品だから、チャットから入ってブランドのことを知ってくれる人もいるかもしれない。モノが先かコミュニティが先か、一方通行ではなくどちらが入口でもいいんじゃないかなと。
モノを販売しているという思考から脱却して、白馬という目的地を販売しているって考えたらしっくりきた。オプチャも「地域密着型スノーボードの役割のひとつ」と捉え直したら、鬼のようにやる気が出たね。
──本来の目的ではないとはいえ、結果的に売上にも繋がっていそうですね。
今季はターニングポイントだなという感じはあった。うちみたいな小さいメーカーは作りすぎて余らせてもいけないから売上額には限界があるけど、今季はちょっと完売するまでのスピードに明らかに勢いがあった。
今までとは違う層にも買ってもらえたから、オプチャ経由もあったのかもしれない。でも考えてみて。ボードを売るためにオプチャをやっているなら、絶対やめないはずなんだよね。それでもやめる。たとえオプチャからすごい売れてるというデータが出ても、やめる。やりたいことがあるから……。
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肝心の「やめる理由」は、ブランドの方向性と密接に関係していて、一言で説明するのはむずかしい。後編で、新たに掲げた「地“形”密着型スノーボード」というコンセプトの意味と、THE DAY.HAKUBAが目指す未来を詳しく紐解いていく。
【後編】地形密着型スノーボードブランドとして白馬から世界の山へ。THE DAY.HAKUBAの挑戦
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