雪は日本が誇る貴重な資源。真夏の「雪の市民会議」で聞けるストーリー

by flumen編集部

年に一度、七夕の頃に会いましょう──。

山の雪がすっかり解けた7月、毎年開かれている雪の会合がある。テーマは利雪(りせつ)=雪の利活用と、そこから発展する雪国の教育やまちづくり。「雪の市民会議」と名付け、雪を愛する人たちが各自試した利雪アクションを持ち寄って、雪国の未来を考える会だ。

雪をたっぷり倉庫に貯めれば、天然の巨大冷蔵庫「雪室(ゆきむろ)」に。湿度・温度の安定した雪室では、野菜の旨味はさらに増し、コーヒーやカカオは雑味が除かれ、肉は柔らかくしっとりとした熟成肉になる。古来からの知恵を生かした雪室で貯蔵・熟成された食品は、「雪室ブランド品」として海外でも人気だ。

そんな奥深い雪の話が聞ける「雪の市民会議」が、なんと2024年7月26日(金)に神奈川県海老名市で初めて開催される。首都圏からもアクセスしやすく、猛暑の季節に雪の話で涼を感じられるチャンス!

首都圏に住むスキーヤーやスノーボーダーにも、もちろんそれ以外にも雪に興味があれば誰でも、ぜひ聞きに行ってみてほしいこの会議。15年以上も続く背景や、利雪の知られざる可能性、資源としての雪の価値について、当日まで内緒にしておきたい話の一部を、主催で東京農業大学客員教授の伊藤親臣さんに聞いてきた。

伊藤親臣 
雪の市民会議世話人代表 / 東京農業大学客員教授

株式会社SnowBiz代表取締役。1971年愛知県出身、室蘭工業大学大学院工学研究科博士後期課程修了。工学博士。“雪のエンジニア”として世界初となる雪冷房の学校、お米を貯蔵する雪冷蔵倉庫などの「利雪」に取り組む。雪を活用して雪国を元気にすることをライフワークにしている。魚沼市利雪アドバイザー、にいがた雪室ブランド事業協同組合(越後雪室屋)顧問

全国の雪仲間と、あえて真夏に雪談義。「雪の市民会議」とは

はじまりは1998年。資源としての雪の価値を伝えて雪を新エネルギーとして認めてもらう政治運動の一貫で、「雪サミット」が始動した。これが大きな原動力になり、2002年の「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法」の改正時に、バイオマスと並んで「雪氷冷熱」が国から正式に認められることとなった。

太陽光、風力、地熱。そこに加わった雪氷冷熱エネルギー。雪サミットを8年開催して訴えてきた成果としては十分で、2005年の愛知万博で雪の可能性をPRし、華々しくこのストーリーは幕を閉じたかに思えた。しかし雪を愛する人たちの活動はここで終わらなかった。

伊藤さん「雪サミットを続けてきて、一定の社会的役割を果たすことができました。だけどそのあと、もうないの?あの取り組みどうなった?と、全国の雪仲間たちが“雪ロス”しちゃったんですね。せっかく仲間ができたから、年に1回は集まって雪の話をしましょうよと、『雪の市民会議』と形を変えて開催するようになりました。かしこまった名前にはなっていますが、柔らかくフットワークの軽い会なんです。実践している雪の活用を共有しあい、雪の楽しさや面白さ、雪国の生の声を拾っていくというような。

冬だとみんな家の雪下ろしが気になってしまうから、七夕くらいの時期にしましょうと。それからはあえて真夏に開催するのが恒例になっています。雪を足かせや重荷のように捉えるのではなく、もっと資源としての雪の価値を掘り起こして、雪国以外に住む人にも伝えていきたいというのが私たちの願いです」


雪は新しいエネルギー。“雪国自慢”の源流を担うシェアの場に

資源としての雪の活用、特に食品貯蔵への活用は、古来から日本人の生活に根付いていた。しかし電気で冷やす便利な「冷蔵庫」を手に入れた私たちは、冬になれば天然の冷たいエネルギーが降ってくることを忘れかけてしまっている。雪を大切に使っていけば、電気がなくても次の冬まで冷たい空間をキープできるのだ。


天然の冷蔵庫「雪室(ゆきむろ)」で食品貯蔵

エネルギーの強い食品ほど、採った(獲った)瞬間から劣化が始まるが、すぐに冷やすことができればそのエネルギーは閉じ込められる。

伊藤さん「鮮度を保持するには、冷蔵庫や低温倉庫が農場のすぐ近くにないとダメなんです。収穫したものをすべて冷やすには莫大なエネルギーが必要ですが、そのときに電気でしか冷やせないのは、技術が未熟のような気がしてきませんか?冬に大量に降る雪を使って、昔の人の知恵を現代版にリバイバルしようと研究・活用をしはじめました。

雪国がスクラムを組み、雪国で生産して雪室で貯蔵したものを必要なときに都会へ運ぶ。日本のロジスティクス(物流)は非常に整っているので、そんなシステムも作れます。電気いらずで災害時にも役立つかもしれないし、約40%といわれる日本の食料自給率を上げることにも貢献できます。長期貯蔵実験もしていますが、20年くらい貯蔵したお米だって普通に美味しく食べられるんですよ」

新潟県南魚沼市にある雪室施設。お米などを貯蔵している


“スノーエイジング”で美味しい食をもっと美味しく

雪室(ゆきむろ)には、ただの冷蔵庫以上の機能がある。雪で冷やされる空間は1年を通じて温度・湿度の変化が少なく、雪から発生する水蒸気のおかげで湿度が90%前後と高くなる。この特殊な環境が、美味しさに付加価値をつけてくれる。

2023年「雪の市民会議」のフライヤーより
新米ならではの味や香りをそのまま保存する「雪室貯蔵米」

伊藤さん「ゴルフの松山英樹さんが、マスターズで優勝したときに海外の人たちにディナーを振る舞う機会があり、そこで雪室貯蔵三年の『八海山』という日本酒を出したら大好評だったそうなんです。普通ならワインなどが出される場で、日本人の彼が日本の雪で貯蔵した特別な日本酒を振る舞ったことが印象的だったようで。

雪で貯蔵した八海山は、フルーティーでまろやかな飲み口になり、海外への日本土産としても人気です。日本には初物を好んで食べる文化がありますが、ちょっと寝かせたほうが味が乗るとか、熟成させることで旨味が引き出されるという考え方もありますよね」

「雪の市民会議」後のディナーで振る舞われた雪室貯蔵米仕込みのビールと食品

日本の雪室貯蔵食品は、「Snow Aging Food(スノーエイジングフード)」として海外でも高く評価されている。「雪の市民会議」は、こうした商品開発に使える技術のアクションプランを共有する場。雪国の人たちの“自慢”をつくる源流部分を担っている。

「雪室和牛」はSNOW AGING WAGYUとして、2024年6月に上海で行われた雪の国際会議 The 9th International Conference of Snow Engineering 2024でも紹介された


雪のモバイルクーラーや、雪どけ水の化粧水まで

利雪の方法は食品貯蔵だけに留まらない。雪を使った冷房機や、雪どけ水を使った化粧水など、活用方法は幅広い。

伊藤さん「雪国の夏は昔は涼しかったけど、今は雪国でもとにかく暑い。人間だけじゃなく、牛も馬も鶏も暑くてクラクラしているんです。冷房設備がないことが多い牛舎や養鶏場で、雪の塊で冷やした空気を送風するモバイルクーラーが活用されています。屋外でも運んで使え、消費電力も少ないのが特徴です」

雪のクーラー。雪で冷たくした空気を大きなホースから送風する

「それから、雪どけ水の化粧水もあります。化粧水の主成分は水ですよね。地下水を原水とする『天然水』は、ミネラルやマグネシウムといった鉱物由来の成分が含まれますが、地下を通っていない『雪どけ水』にはそれがあまり含まれていないんです。

余計なものが入っていないので、皮膚に吸収させたい成分を入れてあげると、肌の奥まで浸透しやすくなります。東北美人とか秋田美人という言葉がありますが、もしかすると浸透圧の高い水を普段から使うことで美が保たれているのかもしれないですね。研究段階のこともありますが、雪どけ水にはまだ知られていない効果があるのかもしれません」

「日本の雪どけ水でできた化粧水」として効果まで謳えれば、雪国発の世界的ヒット商品が誕生するかもしれない。そうなれば雪国だけでなく、日本全体の誇りになる。

特別豪雪地帯・北海道美唄市にある、株式会社ミリオナ化粧品の「雪どけ水工場」


空からお金が降ってくる。その価値に日本人は気づいている?

気候変動の影響は心配だが、地球が公転と自転を続けるかぎり、冬には必ず雪が降る。その雪を邪魔者扱いするのではなく、資源が降ってきていると気づき日本人全員に恩恵を受けてほしいという想いが、伊藤さんたちの活動の原動力になっている。

伊藤さん「今年も降ってきたなあ、と雪国の人たちはネガティブに捉えたりもするんですけど。雪を貯めてエネルギー資源として活用できるというのは、自宅にガソリンスタンドを持つようなもの。それってお金が降ってきているような話じゃないの?という発想で。事業者だけでなく個人の家庭でも、利雪が身近で当たり前のことになってほしいです」

「雪国で貯蔵した食品が日本中に出回って、世界でも評価されていることが知れ渡れば、高いお金を払ってでも美味しいものを食べたいという人は現れます。それは巡り巡って雪国にお金が落ちてくれるということで、雪が経済活動を支援しているということになりますよね。間接的に受けられる雪の恩恵に気づけば、もっと雪を上手に使っていこうという空気になり、それが誇りとなって雪に強いまちづくりがしていけると思うんです」


雪はまだまだ余っている。だからみんなに使ってほしい。

スキー・スノーボードの世界では「雪が足りない」という嘆きばかり聞こえるが、利雪という観点では、雪はむしろ余っている状況らしい。今年の「雪の市民会議」は、初めて神奈川県海老名市で開催される。雪国に降る貴重な資源がまだまだ使えることを首都圏の人にも知ってもらい、一緒に使っていく仲間を増やしたいと考えている。

伊藤さん「日本は国土の半分以上が雪国といわれていますが、雪国に住んでいるのは人口全体の2割ほどで、ほとんどの人は雪国以外に住んでいます。雪は使い切れないくらい降りますので、雪国だけの問題ではないんです。

もっと実用化していきたいので、雪に興味がある人は誰でも来てみてほしいなと思います。この暑い中で雪の話が聞けるんだ、くらいの気軽な感じでOKです。雪の活用に興味がある事業者さんはもちろんウェルカムですし、SDGsが理解できるくらいのお子さんならついてこれる話なので、親子で夏の自由研究感覚で来ていただいてもいいですね」

海老名で開催する背景には、“真夏の海老名に本物の雪が来る”をコンセプトに新潟からトラックで雪を運んでくる「雪でアソビナ」というイベントのつながりがある。このイベントの主催者である小山さんも、「東京・神奈川に住むスキーヤー・スノーボーダーにもぜひ足を運んでほしい」と話す。

2023年夏の「雪でアソビナ」で雪遊びをする子どもたち
「雪の市民会議」にパネラーとして参加する小山さん(左)と伊藤さん(右)

伊藤さん「当日の参加者には、『雪室コーヒー』と『雪室チョコ』のプレゼントもご用意できそうです!雪室ブランド食品を口にする機会はあまりないと思うので、ぜひ試していただきたい。海外からも高く評価される日本のパウダースノーですが、滑るという視点での魅力だけでなく、裏側にある雪の奥行きも知ってもらえたら嬉しいですね」

7月末に開催される「雪の市民会議」のポスターには、雪といろいろな食品が繋がって結ばれるイラストが描かれている。雪をきっかけに日本の美味しいものが繋がり、雪国と都市部も繋がり、人と人の繋がりで日本によい循環を作っていければ。そんな思いで開催する真夏の海老名での雪談義、ぜひ当日は会場でお会いしましょう。

第17回「雪の市民会議in海老名」〜雪をマナビナ、雪でムスビナ〜
日時:2024年7月26日(金)13:30〜17:00
会場 : えびな市民活動センター ビナレッジ
参加費:無料
公式サイト:https://yukishimin.jimdofree.com/

詳細とお申し込みはコチラから!

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