近年、世界中のスノーリゾートがこぞって取り組む、グリーンシーズン強化。
日本のスキー場の多くは12〜3月の約4ヶ月を営業期間としていますが、スキー人口の減少が激しい今となっては冬だけで通年コストを賄えず、閑散期の集客にも力を入れるようになっています。
冬以外のアクティビティや観光コンテンツの充実に、国の補助事業として取り組むスキー場も増加。登山、マウンテンバイク、植物園、展望テラス、ブランコ、キャンプ、グランピング──。打ち出す遊び方はそれぞれですが、多くのスキー場ではGW前後からグリーンシーズンに向けた準備期間へと移行します。
ほとんどの人は冬に行くあろうスキー場。実は、オフシーズンの裏舞台を見てみると、なかなか面白いことが起きているんです。今回は、冬営業終了後のスキー場、「エイブル白馬五竜」(以下、白馬五竜スキー場)さんで特別にゴンドラに乗せていただき、具体的にどんな準備をやっているのか裏側を覗いてきました。
長かった冬が終わり、スキー場関係者もようやくひと息
スキー場は冬から春先までの商売。夏や秋はスタッフにとっても、少しだけ気が休まる季節です。
スキー場が営業終了したあとの5月某日。グリーンシーズン営業をスタートするまでの約1〜2ヶ月は、のんびりとした雰囲気が漂います。今回は2名の白馬五竜スキー場のスタッフさんにアテンドしてもらい山に上がりました。
山頂でも雪がまばらになったこの季節。一般のお客さんは登れませんが、実は山菜採りシーズンで、市場で見るものの2〜3倍はある巨大なふきのとうが豊作なのだそう。「スキー場社員と地主さんだけが採れるごちそうです」ということで、山菜を収穫しながらまったりと登っていきます。
積もっていた雪がなくなったスキー場は、リフトの位置がかなり高く感じます。グリーンシーズンは高山植物園として開放している白馬五竜スキー場では、冬営業が終わるとまずはリフトのメンテナンスと高さを夏用に変更をしていくそうです。
五竜スタッフ・田中さん(以下、田中さん)「冬の営業が終了したあとはリフトメンテナンスとして、部品クリーニングと、支柱・索輪の点検、可動部のグリスアップ(油を注入すること)、あふれたグリスのふき取りなどを行います。点検やグリスアップの作業は、支柱を登り高所で手作業で行います。
リフトの高さを変えるのはとても大変な作業ですが、地面からチェアリフトまでの高さは、索道の安全面の基準があります。グリーンシーズンの植物園にはリフトに慣れていない観光客や高齢の登山客、ファミリー層など、冬とは違うお客様が訪れるので、『地面から高くて怖い』というお客様にも安心してご利用いただけるよう冬よりも下げています。高さの変更は、数日間かけて行います。その作業もぜひご覧になっていってください」
長野県に生育する大半の絶滅危惧種がある白馬岳
白馬五竜スキー場は、初夏から秋にかけては「白馬五竜高山植物園」として開放しています。「高山植物」とは、文字通り高山地帯に生育する植物のこと。
田中さん「高山植物って、全部とても小さいけれど、ひとつひとつがすごく貴重なんですよ。実は、長野県にある絶滅危惧種の大半がここ北アルプス連峰の白馬岳にあるといわれていて、そのほとんどをここ(白馬五竜高山植物園)で見ることができるんです。長野県は各種高山植物の生育分布の、北端と南端がちょうどミックスしているエリアで、白馬岳か八ヶ岳になければあとは北海道にあるかどうかというほど、種類が多いんですよ」
そう言われて周囲を見てみると、まだオープン前ではあるものの、たしかにあまり見たことがない独特な植物がたくさん。植物園というと「あたり一面お花畑!」みたいな風景を想像してしまうけれど、一見地味でも珍しい植物を見つけながら自然の山を歩くのは、宝探しみたいで楽しいです。小さくて貴重なお花には、長野県の地名がついたものもあるんです。
ついこの前まで雪で覆い尽くされていたスキー場の斜面に、こんなにかわいらしいお花がたくさん咲いてくるなんてびっくりです。ところで、歩いていると残った雪がこんもりと何箇所かに集められているのが目につきます。これは何か意味があってやっていることなのでしょうか?
田中さん「雪の蓋をして、開花時期をコントロールしているんです。A区画で見頃が終わった頃にB区画に寄せていた雪が解けると、今度はそこに同じ花が咲いてきます。同じ植物でも時期をずらして開花させ、長く楽しんでもらうための工夫です。雪を使った開花調整は、除雪車やベテラン重機スタッフがいないとできないので、スキー場が管理している植物園ならではの珍しい手法だと思います」
雪を使った開花調整! そんなことができるなんて、まったく知りませんでした。生態系に影響の出ない範囲で少し開花を遅らせる程度なら、楽しめる時期が長くなっていいですね。
グリーンシーズンに向けて展望テラスを建設
山頂ではグリーンシーズン営業開始に向けて、展望テラスを作る工事が始まっていました。冬はリフトから降りて滑り出すところのフラットなエリアですが、夏はここにゼロからウッドテラスを作ります。
テラスを作るようになったのは3年ほど前から。雪が解ければ重機もリフト終点まで上がって来れ、大きな資材も運べます。毎年作っては解体するなんて大変! と思いましたが、やはりそのまま雪を積もらせてしまうわけにはいかないみたい。
田中さん「木のテラスなので、除雪車が入ると重みで潰れちゃうんです。雪かきのために毎年解体しています。白馬エリアで1年中ウッドテラスがあるところもありますけど、その部分だけ手作業で雪かきをしたりと、かなり大変と聞いています。ホテルなども頻繁に張替えをするところが多いですね」
そんな理由で毎年、土台を作る基礎工事から。この日はちょうど工事スタッフさんたちがお昼休憩中でしたが、作業現場に置いてあるものから普段の雰囲気が伝わってきます。
工事には、スキー場運営会社の社員さんから季節ごとの大工さんまで、いろんな人が携わっているようです。中でも長年スキー場のリフトメンテナンスに携わる熟練スタッフは、経験からくる感覚が異次元のレベルなのだとか。
田中さん「ベテラン索道マンは本当にすごいですよ。乗った時の振動や音などで『索輪のどこかが減ってるな』とか『小さな虫が挟まっているな』とか分かるんです。私たちとは見てる世界が違いすぎますよね(笑)」
わかる人がリフトに乗れば、掃除をサボっていることも音でバレてしまうのかも……。当たり前に安全性を信じて乗っているスキー場のリフトですが、実は裏ではそんなプロフェッショナルな人たちに支えられていたのですね!
余談ですが、白馬エリアではこの時期、雪が解けた山に現れる「雪型」にまつわるさまざまな言い伝えがあるそうです。山頂から遠くに見える山の模様を指差しながら、「あそこに馬がいるの、見えますか?」と教えてくれました。
田中さん「雲で隠れてるけど白馬三山があって、その一番右下のところを入って一回上がってまた下がるじゃないですか。そこの下に馬がいるんです。頭、胴体、尻尾みたいに見えませんか? これが出てきたら田んぼの代掻きをしなさいっていう合図なんですよ。他にも鶏や亀、“種まき爺”とか“嫁入り三衆”とか名前がついているものもあって。私も最初は一体何を言ってるんだと思ったけど、なんだかロマンチックですよね」
雲の形を動物に見立ててみたりした経験は誰しもあると思うけど、白馬の人たちは「雪型」でそれをやっているという面白いお話。昔の人は、季節の移ろいにあわせていろいろな楽しみ方を見つけ出してきたんだなと温かい気持ちになりました。
数日がかりのメイン作業「リフトの高さ切替」
ここからがいよいよメイン作業「リフトの高さ切替」です。後日の作業となりましたが、この様子も覗かせていただきました。今回切替を行ったのは、アルプス平山頂のアルプス第一リフト。
この作業は天気との戦いです。クリーニングなどを済ませてから高さ切替の作業に入るのですが、そうすると梅雨時期にかぶってきてしまいます。数日かけて行いますが、雨足が強いと滑ったり視界が悪かったりして危ないため、天気を見つつ当日判断で進めていきます。
スタッフさんも、この時期は休みが読めない……。天気次第で出勤になったり休みになったりと、変わりやすい山の天気のもとで行うお仕事の大変さを感じます。
田中さん「リフトの高さ切替は、リフトを支えるワイヤーをかけている索輪の部分を、冬仕様の高さ(左)から、鉄柱の半分くらいの高さ(右)までスライドさせて固定するという作業です。自動昇降機能などは付いていないので、作業員数人がかりで人力で行います」
田中さん「まずは滑車3台を使って、索輪の重さをワイヤー側にかけてボルトを緩めます。続いてブルドーザーをを使い、ゆっくりゆっくり索輪を半分の高さまで落としていきます。作業員は3人がかりで、彼らの装備は1人あたり10キロ弱。全身にハーネス、ヘルメットと安全靴、スパナなどの道具が入った袋を身に着け、人間の頭ほど大きなカラビナを使って安全を確保しながら作業します」
そんな重装備で不安定な足場で作業するのは、慣れているとはいえかなり体力を消耗しそうです。
田中さん「締めていくネジの本数は、最多で32本。両足を踏ん張り、体幹を使いながら、1人10本以上のネジを締め上げていく作業は本当にキツいそうで……。あるスタッフは、休憩中にお茶のカップも持てなくなると言っていました」
リフトが下がっていく様子を本来なら動画でお見せしたいところですが、写真を時系列で並べてみました。下げはじめてから降りきるまでは1分半ほどと短いですが、これを鉄柱13本分やっていくというから先は長い……!
でもこの作業のおかげで、かなり低いところまでリフトが下がって来ています。これなら万が一落下しても、大事には至らずに済みそうですね。安全性も高く、リフトに乗りながら植物も間近で見ることができて、一石二鳥だそう。
ちなみに作業員さん目線の写真も頂きました。13本の鉄柱を下げ終わったら、また最初の鉄柱に戻り、ネジの緩みや部品の点検を行うそうです。こうしてリフトの高さ調節にかかる時間は3〜5日間。これが終わると、いよいよ高山植物園としての営業がスタートです。
「スキー場運営」という究極の季節仕事
帰りのゴンドラでは、スキー場という特殊環境でのお仕事について、興味深いお話を伺いました。
田中さん「私たちはいわゆる普通の会社員ですけど、よくある企業のように忘年会や新年会はやらないんですよ。そのかわり、12月中旬頃(昨年は11月下旬)にスキー場がオープンすると、『今シーズンもよろしくお願いします』と、年末なのにまるで年明けのような挨拶をしています(笑) 年末年始は年一番の繁忙期なので、みんな年明けを特別祝うこともなく、慌ただしく過ごしていますね」
30年以上勤続しているような社員さんも多いという白馬五竜スキー場ですが、一般的な会社員のように1年中同じ仕事をするわけではなく、季節ごとにまったくやることが違うため飽きることもないと話します。
気持ちのよい風を感じつつ、まったりと営業終了後のスキー場をお散歩しながらの今回の取材。ふきのとうも大量に採れ、ゴンドラで下りながら、天ぷらにするか、ふき味噌か……と盛り上がります。「1年の半分くらいは白と黒の世界にいるので、地面からあんな鮮やかな黄緑のものが生えてきたら嬉しいですよね」とおっしゃっていました。
究極の季節仕事とも言える、スキー場のお仕事。「やっと今シーズンも終わったね」という雰囲気が漂うタイミングで、その裏側を垣間見れた貴重な取材となりました。
300種以上、約200万株の貴重な高山植物が楽しめる「白馬五竜高山植物園」は、6〜10月に営業中。初夏、盛夏、秋と季節が移ろえば景色も変わり、何度訪れても楽しいスポットです。冬にたっぷり楽しませてもらったスキー場。グリーンシーズンにも訪れてみると、新しい発見があるかもしれません。
▶白馬五竜高山植物園 https://www.hakubaescal.com/shokubutsuen/
お花の開花情報や天気も公式HPからチェックすることができます。